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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)572号 判決

原告

竹本真一

右訴訟代理人弁護士

町田正男

西澤圭助

水永誠二

被告

東海旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

葛西敬之

右訴訟代理人弁護士

中町誠

中山慈夫

主文

一  原告は、被告が平成五年八月三日付でなした原告に対する被告新幹線鉄道事業本部関西支社大阪第一車両所技術係を命ずる旨の配転命令に従う労働契約上の義務を負わない地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨

二  被告が、平成五年七月二七日、原告に対してなした別紙処分目録記載の減給処分が無効であることを確認する。

三  被告は、原告に対し、金三三五万六六九八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(本件記録上、平成八年二月八日であることが明らかである。)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の新幹線電車運転士であった原告が、被告の業務命令に従わず収入金の締切りや車内券発行機の返納を行わなかったこと、これに対する教育訓練においても反省の態度を示さなかったこと等を理由に被告から減給処分及び配転命令を受けたが、右処分等は違法であるとして、原告には右配転命令に従う義務のないこと及び右減給処分が無効であることの確認を求めるとともに、減給された賃金の支払並びに右処分等によって受けた精神的苦痛に対する慰藉料及び弁護士費用の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 被告は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が昭和六二年四月一日に分割民営化された際に、東海地方を中心として、東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道事業等を営むことを目的として設立された株式会社であり、平成八年三月一日当時で従業員約二万二六〇〇名を擁し、鉄道事情に関しては、名古屋市に東海鉄道事業本部を、東京都に新幹線事業本部をおき、各地に支店を配している。

新幹線事業本部は、関西支社をおくほか、管理部、運輸営業部、車両部、施設部及び電気部をおき、また、直轄現業機関として、駅業務を行う駅、車掌の所属する車掌所、新幹線の電車運転士の所属する運転所等がある。

新幹線の電車運転士は新幹線事業本部の東京運転所及び同関西支社の大阪運転所に配属され、その職名は主任運転士及び運転士からなる。また運転所での電車運転士に対する指揮命令系統は、所長を筆頭にして、科長職助役、一般助役、主任運転士から運転士に至ることとされている。

原告は、後述のとおり被告から配転命令を受けたが、原告の配転先である大阪第一車両所は、新幹線事業本部関西支社のもとにある新幹線車両の検査修理部門である。

(二) 原告は、昭和五三年六月に国鉄に採用され、米子鉄道管理局浜田機関区を経て昭和六一年一一月に国鉄新幹線総局大阪第二運転所新幹線電車運転士となり、国鉄の分割民営化による被告の設立に伴い、被告に採用され、新幹線運行本部大阪第二運転所(その後の組織変更により、現在の前記新幹線事業本部関西支社大阪運転所となった。)に配属されて、以来、新幹線電車の運転士の業務に従事してきた。

(三) ジェイアール東海労働組合(以下「JR東海労」という。)は、東海旅客鉄道労働組合(以下「JR東海労組」という。)に所属していた組合員ら約一二五〇名によって、平成三年八月一一日に結成された労働組合である。

原告は、被告設立当時はJR東海労組に所属していたが、JR東海労の発足とともに同組合の組合員となり、以後、後述の配転命令を受けるまでは同労組大阪運転所分会執行委員をつとめていた。

(本項の事実は、弁論の全趣旨によって認める。)

2  本件配転命令及び本件減給処分

(一) 原告は、平成五年七月二七日、被告関西支社長から、事前通知書により、「大阪第一車両所技術係(一級)を命ずる(八月三日付)」旨の発令(以下「本件配転命令」という。)を受けた。

(二) 原告は、同年七月二七日、別紙処分目録記載のとおり、「平均賃金の二分の一を減給する」旨の処分の発令(以下「本件減給処分」という。)を受けた。

右処分により、原告は、同年八月二五日、平均賃金の一日分の二分の一である六六九八円を減給された。

3  本件配転命令及び本件減給処分発令の経緯

(一) 被告は、東海道新幹線において、平成四年三月一四日のダイヤ改正から、東京大阪間を時速二七〇キロメートル、時間にして約二時間三〇分で結ぶ「のぞみ」を一日二往復運行したが、平成五年三月一八日のダイヤ改正以降は、これを上下併せて一日三四本に増発させた。

「のぞみ」は、三〇〇系といわれる新型車両を使用していたが、平成四年五月六日、三〇〇系車両を使用した「ひかり」二三八号に、主電動機(モーター)取付ボルトが脱落するという車両事故が発生した。

また、平成五年四月四日、「のぞみ」三〇四号が岐阜羽島駅を通過する際、線路のバラストを跳ね上げ、ホームにいた旅客に当たって負傷させるという事故が発生し、同月三〇日にも、「のぞみ」が豊橋駅を通過する際、跳ね上げた石がホーム上の旅客に当たるという事故が発生した。

(二) JR東海労は、被告に対し、右のような車両故障や事故に関し、原因の究明と安全対策を要求してきていたが、平成五年五月二一日から、「のぞみ」の駅通過速度を時速二二〇キロメートル以下とすることなどを要求事項として、JR東海労が指名し、被告に事前通知した運転士において、時速二七〇キロメートルでの通過駅である岐阜羽島駅、三河安城駅、新富士駅を時速二三〇キロメートルに減速して通過するという争議行為(以下「本件減速闘争」という。)を実施するに至った。

(三) これに対し、被告は、JR東海労に、本件減速闘争の争議行為としての正当性には疑義があること、減速走行は債務の本旨に従った労務提供とはいえず、通知された運転士の「のぞみ」乗務の受領を拒否すること、そのために発生する次の乗務先への移動については制服着用を認めず、移動費用は自己負担とすることなどを通告するとともに、JR東海労から減速走行を指令された個々の運転士に対しても、移動についての制服着用を認めないこと、移動費用を自己負担とすることを個別に指示して、「のぞみ」乗務の受領を拒否するという対応に出た。

(四) 平成五年七月九日から翌一〇日にかけての原告の勤務は、二五六仕業といわれる泊まりの交番(勤務割)であった。

その勤務内容の詳細は、同月九日一二時五一分、大阪運転所で出勤点呼を受け、新大阪駅一三時四三分発「ひかり」一一二Aを運転して東京駅まで行き、東京駅一九時三一分発「ひかり」二七五Aを運転して新大阪駅に戻り、同日宿泊し、翌一〇日新大阪駅八時二六分発「ひかり」二二〇Aを運転して東京駅まで行き、東京駅一四時五六分発「のぞみ」一九Aを運転して新大阪駅まで戻り、大阪運転所において一八時一二分終了点呼(退出点呼ともいう。)を受けるというものであった。

また、被告の新幹線電車には運転士が二名乗車して車掌も兼務しており、豊橋駅(下り列車の場合)または浜松駅(上り列車の場合)で、運転士業務と車掌業務とを交替することとなっており、このため、運転士は、仕業点呼(乗務開始に当たり、仕業番号、業務内容、注意事項等を伝達確認する行為)の前に、車内で乗車券の発券等を行うための機械である携帯型車内券発行機(以下「車発機」という。)や釣銭等を受取って乗務し、乗務終了後は終了点呼前に、売上金の精算手続等と車発機の返納を行うことになっている。

ところで、JR東海労は、被告に対し、同年七月六日、原告の右二五六仕業のうち、「のぞみ」一九Aにおいて減速走行を行う旨通知していた。

そこで、被告は原告の「のぞみ」一九Aの乗務の受領を拒否することとし、同月七日、原告の二五六仕業直前乗務の終了点呼において、当日の当直助役福田安利(以下「福田助役」という。)は、原告に対し、次仕業確認(次の勤務の勤務日、仕業番号、出勤時刻等を当直助役が本人に伝達し、相互確認を行うこと)として、「のぞみ」一九Aの乗務の受領を拒否すること、詳細は仕業点呼時に指示することを伝えた。さらに、同月九日一三時二〇分ころ、当日の当直福田助役は、原告の二五六仕業の仕業点呼において、原告に対し、「のぞみ」一九Aの乗務の受領を拒否すること、「ひかり」二二〇Aで到着後は東京運転所の当直及び概算(車発機及び現金の収受をする担当)に車発機、現金等を返納することなどを指示し、移動に際しての費用の自己負担や制服着用を認めないことを通告した。

また、被告では、仕業点呼時に、口頭での仕業内容の確認に加え、業務内容を具体的に記載した乗務員仕業票を運転士に手交して業務遂行を指示しているところ、右同日の仕業点呼において福田助役が原告に交付した二五六仕業の乗務員仕業票裏面の仕業記事票には「平成五年七月一〇日のぞみ一九Aに関する部分は受領を拒否する。」「受領拒否開始時刻は、七月一〇日東京運転所一二時〇八分」と記載されていた。

(五) 原告は、平成五年七月九日、大阪運転所で車発機等を受取って二五六仕業の交番どおり新大阪駅、東京駅間を往復し、翌一〇日、所定どおり「ひかり」二二〇Aに乗務して東京駅に到着した。

東京運転所には、原告の乗務受領拒否に対する対策として、大阪運転所から助役大西一男(以下「大西助役」という。)及び同藤林輝夫(以下「藤林助役」という。)が派遣されてきていた。

原告は、受領拒否に納得していなかったので、車発機、収入金等を持たずに、所定の出先点呼同様、乗務員仕業票のみを持参して、同日一二時六分ころ、東京運転所二階の当直室に赴いた。

東京運転所の当直担当助役である二階堂恒夫(以下「二階堂助役」という。)は、点呼に現われた原告に対し、「のぞみ」一九Aの受領拒否を通告するとともに、車発機の締切り操作を行い、車発機や収入金等の現金を概算に返納するよう指示した。

これに対し、原告は、終了点呼になるのか等と質問を行い、車発機の締切りや返納等を行うことなく、次仕業確認をして二階堂助役の前を退去した。

原告を追ってきた大西助役は、一階談話室で、原告に対し、締切り等を行うよう説得するなどしたが、原告は、結局、東京運転所当直で締切りを行うことなく、私服に着替えて、車発機等を大阪運転所に持ち帰り、同日午後四時ころ、制服に着替えて大阪運転所の概算で締切りを行って車発機や現金を返納し、乗務員仕業票及び仕業報告書を返還した。

(六) 原告は、平成五年七月一一日から同年八月二日まで、新幹線乗務を停止されて日勤勤務に変更され、この間、被告から事情聴取を受けたり、QC室にて、就業規則等の勉強をさせられるとともに、上長の命に従わなかったことについて反省を迫られるなどした。

(七) なお、本件配転命令等発令後、原告が申し立てた配転命令効力停止金員支払等仮処分申立事件(大阪地方裁判所平成五年(ヨ)第二七〇七号事件)において、大阪地方裁判所は、平成六年一二月二六日、原告が本件配転命令に従う義務を負わない地位にあることを仮に定める旨の決定をしたことから、被告は右決定を受け、平成七年二月一日付で、原告に対し「大阪運転所運転士(一級)を仮に命ずる」との発令をした。

二  本件の争点

1  本件配転命令の有効性

2  本件減給処分の有効性

3  本件配転命令等の発令が原告に対する被告の不法行為に該当するかこれに該当する場合の原告の損害の有無及び額

第二(ママ)当事者の主張

一  争点1について

1  被告の主張

使用者は、労働契約に基づき、労働力の処分権を有しており、労働契約上職種や職場の限定がなく、かつ、配転命令権の行使が濫用にわたらない限り、自由な裁量に従い、提供された労働力を適宜配置し、あるいはこれを変更して活用できるものである。

原、被告間には職種や職場の限定特約等は存しないし、本件配転命令は業務上の必要に基づき発したもので、配転命令権の濫用と目される事情は何ら存せず、有効である。

すなわち、配転命令権行使については、使用者に広い裁量が認められており、濫用となる場合は極めて限定されている。配転命令は、業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機、目的を持ってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限り、権利濫用となるものではない。そして、この業務上の必要性についても、当該配置転換が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性の存在は肯定されるのであって、経営に責任を負う使用者の裁量的判断が第一次的に尊重されるのである。

本件配転命令には、以下のとおり、業務上の必要性が顕著である。

(一) 原告は、東京運転所における二階堂助役ら管理者の再三再四にわたる業務命令に従わず、勝手な判断で車発機及び現金を大阪運転所に持ち帰った。

被告が本件減速闘争に対抗して実施していた乗務の受領拒否は、一般市民法による制約下において使用者の採りうる争議対抗行為として、何ら違法と目されるべきではないし、その際、原告に対して指示した右業務命令(東京運転所で締切りを行うこと)は、単純明快で、疑義を生じるようなものではない。

原告の右業務命令違反行為はJR東海労の争議行為の一環ではなく、原告の個人的な行為に過ぎず、原告が自己の勝手な判断で業務命令に反する行動を採ったことは、規則等を遵守し、定刻どおりに列車の運転操縦を行う職責を有する運転士としての適性を著しく欠くものというべきである。

(二) 原告は売上金を勝手に私服で社外に持ち出した。

これは、現金管理の厳正に重大な支障をきたし、会社財産を危うくする行為であって、原告は車掌業務を行う者としての適性に欠ける。

(三) 被告は、原告に対し、右のような行為が車掌業務を兼ねる運転士としての適性に関わる問題であることを自覚させ、二度とそのような不祥事を生じさせることのないよう、平成五年七月一五日から二三日まで(休日を除く)、運転士としての適性に関する再教育を実施して反省を促した。

しかるに、原告は、反抗的な態度に終始し、右非違行為を含め、自らが納得しない業務命令には従う必要がない、との自分勝手で企業秩序を否定する主張に固執し、反省することがなかった。

(四) 原告は、藤林助役及び大西助役が車発機等の持ち帰りを容認したと主張するが、原告は東京運転所当直で二階堂助役の業務命令に反して車発機の締切り、返納等を行わずに退去したうえ、一階談話室で、大西助役から、締切り等を行うよう説得されたにもかかわらず、容易に従おうとしなかったため、同運転所所長初澤孝壽(以下「初澤所長」という。)は、原告がどうしても業務命令に従わないようであれば無理せず、引き上げてくるようにとの指示を出し、藤林助役が、一階談話室に赴いて、大西助役に右指示を伝達したに過ぎないのであって、大西助役や藤林助役が原告に車発機等の持ち帰りを容認したことはない。

また、原告は、被告において実施した原告に対する教育訓練が、原告の軟禁と屈服の強要であるなどと主張するが、原告は休憩時間等を利用して外部と出入りしていたし、教育内容も既に原告が履修したものであることから、講師が要点のみ指摘すれば、後は自習可能なものであったのであり、教育内容や教育方法について問題視されるいわれはない。

以上のとおり、原告が、運転操縦業務及び車掌業務に従事し、安全安定輸送を担う運転士としての適性に欠けることは明らかであって、原告に運転士業務を継続させた場合には上司との対立や自分勝手な行動による職場秩序規律違反を生じさせるばかりでなく、新幹線運転業務及び現金管理業務に支障を生じさせることが明らかである。

2  原告の主張

本件配転命令は、業務上の必要性がなく、かつ、原告に対する報復、嫌がらせ人事としてなされたものであり、権利濫用であって無効である。

(一) 被告は、原告が上長の業務命令に従わなかったことをもって、原告の運転士としての適性の問題としているが、被告がいう業務命令は、JR東海労の争議行為に対する不当な争議対策的性格を有するもので、不当な業務命令である。

すなわち、被告が本件減速闘争に対して採った乗務の受領拒否という手段は、ロックアウトによらずして、従業員の就労を拒否し、当該部分の賃金をカットするという違法な争議対抗手段である。

そして、被告は、乗務の受領拒否に当たり、「受領拒否に伴う点呼」という措置を採っていたが、被告の新幹線動力車乗務員作業標準(以下「作業標準」という。)には、点呼の種類として、出勤点呼、仕業点呼、出発点呼及び終了点呼しか規定されておらず、作業標準にない受領拒否に伴う点呼の性格は曖昧であり、その際に運転士のなすべき作業は全く定まらないものであった。

このため、乗務受領拒否に伴って、車発機等の取扱いについて変則的な指示がなされたが、その指示も必ずしも一貫したものではなかったし、運転士に対しては作業標準にない取扱いがありうることについて事前教育はなされておらず、乗務受領拒否の場合の車発機等の取扱いについて被告とJR東海労との間での事前確認は一切なされていなかった。

このようなことから、JR東海労では、受領拒否に伴う点呼の際に、その性格の曖昧さや作業指示の変則性等を逐一問題にするという取り組みを行うことを組合の方針として確認し、減速走行対象者に指名されたJR東海労組合員は、各自、工夫して、受領拒否の不当性を問いただす取り組みを行っていたものであって、原告が、東京運転所において、終了点呼かどうかを問いただそうとしたのも、JR東海労の組合員としての抗議闘争として行ったものにほかならない。

乗務受領拒否に伴って出先地で車発機等を返納すべき旨を命ずる業務命令は、争議行為破壊のため正規の手順と異なる作業を強制する不当なものであって、形式的に右業務命令に違反したからといって、懲戒等不利益処分の対象とされるべきではない。

(二) 原告に業務命令違反はない。

(1) 原告は、東京運転所当直での点呼を終え、一階談話室に戻り、着替え等を始めたところ、大西助役が追って来て、東京運転所で締切りを行うよう説得するなどしていたが、その後、藤林助役も同室に来て、「車発機はここで締め切らなくてもよいそうです。」と伝えてきたため、大西助役も原告が車発機等を大阪運転所に持ち帰り、同所で締め切ることを認め、原告に対し、「気を付けて大事に持って帰ってくれ。」と申し向けた。

右のとおり、藤林助役や大西助役は原告が車発機を持ち帰ることを容認したのであるから、二階堂助役の業務命令は撤回されたものである。

(2) 仮に、業務命令の撤回がないとしても、藤林助役や大西助役の言動から、原告は車発機の持ち帰りが容認されたものと認識したのであり、業務命令違反という認識はなかった。

(三) 配転すべき業務上の必要性はない。

(1) 運転士としての適性について

原告が、二階堂助役の指示に従わず車発機等を持ち帰った行為は、争議行為という非日常的な機会に発生したものであり、右行為をもって、原告の運転士としての適性に結びつけることはできず、原告が日常的にも同種の行為を繰返す危険性があると推認することはできない。

(2) 収入金等の社外持出について

原告が収入金等を私服で持ち帰ったのも、前記の経緯から、車発機同様、その持ち帰りが容認されたと認識したからであり、その際の私服着用は被告が制服着用を禁じたためである。

原告は、車発機については通常のロック番号を変更した乗務鞄に入れ、現金は制服とともにスーツケースに入れて東京駅発の「ひかり」に乗車し、一度も席を立つことなく新大阪駅に戻り、直ちに大阪運転所概算で車発機や現金の返納を行っているのであって、原告が作業標準どおり行動しようと意識していたことは明らかであり、何ら車掌としての適性に欠けるものではない。

(3) 再教育における原告の反省について

被告が原告に行ったという教育訓練は、原告を事実上の軟禁状況におき、被告に対する全面的屈服を強いて、反省文を書かせることが目的だったと思われるような内容であったし、原告が自己の行為の正当性を主張することをとらえて、運転士、車掌としての適性を論じることは不適切であり、むしろ、被告にも柔軟な対応が必要とされたものというべきであって、教育訓練の失敗を原告にのみ帰するのは不相当である。

(4) 上司との対立、不和について

受領拒否に伴う点呼の際に上司と対立したのはJR東海労組合員に共通であるうえ、原告の右点呼時における行動は組合の争議行為の一環であるから、これを配転理由とすることは不当労働行為というべきである。

原告が教育訓練期間中、上司と対立したのは、上司による理不尽な反省強要の結果であって、原告には責められるべき点はなく、これを配転理由とすることは不当である。

(四) 本件減速闘争に対する報復、嫌がらせ

本件配転命令は、労使対立の最中において、争議行為の一環である原告の点呼時の行動をとらえ、業務命令違反であり、運転士としての適性欠如として発令されたものであって、原告の争議行為に対する報復である。

被告では、原告以外に原告と同様の理由で運転士から他職種へ配置転換された例はなく、配置転換後も、被告は、原告に構内運転すら許さないという見せしめ的措置を行った。

二  争点2について

1  被告の主張

(一) 規定違反の内容

原告は、上長の度重なる業務命令に従わず、自己の判断で勝手に被告の現金等を持ち歩いたのであり、原告の行為は、次の社内規定に違反している。

(1) 原告が管理者の指示に従わなかったこと及び車発機の返納を行わなかったことは、次の就業規則に違反する。

三条一項「社員は会社業務の社会的意義を自覚し、会社の発展に寄与するために、自己の本分を守り、会社の命に服し、法令、規程等を遵守し、全力をあげてその職務の遂行に専念しなければならない。」

一一条「社員は、勤務箇所を離れて、他の業務機関の管轄内において業務に従事する場合は、当該業務機関の長の指示に従わなければならない。」

四八条「職制は、別紙第一に定める職名、職務内容及び指揮命令系統とする。

2  社員は、現業機関において、職制の定めるところにより、誠実に職務を遂行しなければならない。」

(2) 原告が収入金の締切りを行わなかったことは、次の規定に違反する。

現金出納事務取扱細則三三条二項「列車に乗務する直収入の出納担当者は、乗務中に収納した現金については、乗務終了後直ちに現金引継書により関係書類とともに、分任出納責任者に引継ぐものとする。」

運輸収入事務取扱細則六三条「乗務終了後の引継ぎは、次の各号によるものとする。

(1) 車掌区の車掌が乗務を終了した場合は、車内補充券の運賃・料金及び関係証票類等運輸収入額の計算に必要な項目を車内券発行機に入力し、締切処理を行うものとする。

(2) 車掌は、前号の規定により、締切処理を行った場合は、車内券発行機により入力された締切集計表に、車内補充券及び関係証票類を添付のうえ、車掌区所長に引継がなければならない。ただし、車掌扱運賃引継書を作成し、引継ぐ場合がある。」

(3) 原告が公金を持ち出したことは、次の規定に違反する。

経理規定一五条「出納責任者、前渡資金出納責任者及び出納担当者は、その取扱いに係る金銭について、善良な管理者の注意をもって保管しなければならない。」

現金出納事務取扱細則一一条「現金出納社員は、会社の現金及び有価証券の出納及び保管並びにその保管に係る小切手帳及び印章の保管及び使用に関し法令及び規程の定めに従うほか、善良な管理者の注意をもってその職務を行うものとする。」

(二) 懲戒の決定

被告は、平成五年七月二六日に開催した本社賞罰審査委員会で、原告の行為が右各規程に違反するとして、就業規則一四〇条一号、二号、一二号(社員が、次の各号の一に該当する行為を行った場合には懲戒する。(1)法令、会社の諸規程等に違反した場合 (2)上長の業務命令に服従しなかった場合 (12)その他著しく不都合な行為を行った場合)に基づき処分を行うことを決定した。その際、被告では、収入金の取扱いについて特に厳正を期しているところではあるが、原告については収入金の流用等の証明がないことから懲戒解雇にまでは至らず、減給処分としたのであって、量定も適切妥当である。

2  原告の主張

(一) 処分理由の不存在

前記のとおり、上長の業務命令は撤回されたか、そうでないとしても、原告は、これが撤回され、車発機等を大阪運転所に持ち帰ることが容認されたと認識していたのであり、処分理由は存しない。

(二) 懲戒権の濫用

本件処分は、前記のとおり、被告の受領拒否に対し、その不当性を追及するというJR東海労の争議行為の一環として原告が行った車発機等の持ち帰りを理由とするものであって、通常の業務命令違反と同等に扱うことは許されないにもかかわらず、被告はJR東海労の争議行為に対する報復意図から、これを懲戒理由としているものであり、組合破壊の意図に出た処分であることは明らかであり、懲戒権の濫用として無効というべきである。

三  争点3について

1  原告の主張

(1)(ママ) 本件配転命令及び本件減給処分は、前記主張のとおり違法であり、民法七〇九条の不法行為に該当する。

被告の大阪運転所長大塚佳明(以下「大塚所長」という。)、総務科長助役大辻敏雄(以下「大辻科長」という。)らは、平成五年七月一一日から同年八月一日までの間、教育等と称して原告をQC室に閉じこめ、被告の主張に屈服することを強要し、もって、原告の思想、信条の自由を侵害した。

被告は大塚所長らの行為について使用者責任(民法七一五条)がある。

(2) 原告は本件配転命令により著しい精神的苦痛を受けた(なお、原告は、平成五年八月から平成七年一月までの間、乗務手当月額約五万円を得ることができなかったが、このことは、原告が被った精神的苦痛の大きさの一事情である。)(ママ)

原告は、本件減給処分により違法に賃金を減額(六六九八円)されたほか、右処分によって名誉、信用を毀損され、著しい精神的苦痛を受けた。

原告は大塚所長や大辻科長らによるQC室軟禁及び屈服強要により、著しい精神的苦痛を受けた。

原告の、本件配転命令による精神的苦痛は二〇〇万円、本件減給処分及び大塚らの屈服強要等による精神的苦痛は各五〇万円の金銭的評価を下らない。

(3) 原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟代理人を委任し、着手金及び謝礼金として三五万円の支払を約した。

(4) よって、原告は、被告に対し、未払賃金として六六九八円及び損害賠償として三三五万円の各支払を求める権利を有する。

2  被告の主張

本件配転命令及び本件減給処分は、前記のとおり、いずれも違法はなく、有効であって、不法行為に該当しない。

大塚所長らが、原告を軟禁し、被告の主張に屈服することを強要したことはない。原告の車発機等の持ち帰り行為が、前記のとおり、業務命令に違反し、社内規定に違反するものであったことから、原告に真摯な反省を促し、原告が運転士の職を継続できるよう教育訓練を施したものであり、その内容も適切であった。

よって、未払賃金及び不法行為に関する原告の主張はいずれも理由がない。

第四争点に対する判断

一  争点1(本件配転命令の有効性)について

1  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、東京運転所での受領拒否に伴う点呼から原告の配転に至るまでの経緯、状況について、以下の事実を認めることができる。

(一) JR東海労では、本件減速闘争に対して被告が採っていた乗務の受領拒否を、違法な対抗手段であると考えており、これについては東京都労働委員会に不当労働行為であるとしてその救済を申し立てていた。また、被告が、受領拒否に伴う点呼と称して、現場で個々的な指示を出していることについても、そのような点呼が作業標準にないことをとらえて、組合員に対し、点呼の際その不当性を訴えるなどするよう指示していた。

(二) 原告は、平成五年七月一〇日、所定の仕業どおり「ひかり」二二〇Aで一一時二一分ころ東京駅に着き、東京運転所一階談話室で休憩していた。

原告に対する受領拒否に伴う点呼への立会を指示されていた大西助役は、同所二階当直横で、点呼立会に備えて待機していたが、受領拒否開始時刻近くになっても原告が現われないため、一階談話室に降りて行き、休憩していた原告に、所定時刻までに締め切るよう指示した。

原告は、一二時六分ころ、乗務員仕業票のみを持参し二階当直室に赴いた。

当日の当直であった二階堂助役が、原告に対し、「のぞみ」一九Aの乗務について受領拒否すること、車発機の締切り操作をして車発機及び現金を概算担当へ返納することを指示したところ、原告は、同助役に対し、「終了点呼になるのか。」「終了点呼でなければ、退出時刻は何時になるのか。」「自分の時間になるのであれば居酒屋に酒を飲みに行ってもよいのか。」等と質問を繰りかえし、しばらく押し問答した後、口頭で次仕業の内容を述べたのみで、乗務日誌に次仕業の確認印も受けず、本来返納すべき乗務員仕業票や仕業報告書の返納もしないまま、二階堂助役らの呼び止めを無視して退去した。

大西助役は原告を追って行き、一階談話室で着替えや荷物の整理等を行っていた原告に対し、車発機を締め切るよう重ねて説得したものの、原告は、大阪で締め切る、迷惑はかけない、などといって、大西助役の説得に応じようとしなかった。

このため、大西助役は、東京運転所玄関付近で警備中であった荒野助役に応援を要請し、荒野助役から報告を受けた初澤所長は、車発機等の回送のために待機していた藤林助役に、原告がどうしても返納に応じないようであれば無理をせずに引き上げてくるようにと指示した。

藤林助役は、初澤所長の指示を伝えるため、一階談話室に赴き、なおも説得を続けていた大西助役に初澤所長の指示を伝達した。

原告は、収入金等の現金は制服とともにスーツケースに入れ、車発機や乗務員仕業票等は乗務鞄に入れ、東京駅一三時発の「ひかり」に乗車して、私服で新大阪駅に持ち帰った。

なお、本件減速闘争期間中、減速走行を指名された運転士は延べにして三〇〇人を超えるが、車発機等を持ち帰った者は、原告以外には存しない。

(三) 大阪運転所では、東京運転所から、原告が締切り等を行わず、車発機等を持ち帰った旨の連絡を受けて、原告から事情聴取等を行うべく管理者らが待機していたところ、新大阪駅に到着した原告は、制服に着替え、平成五年七月一〇日一六時五分ころ、大阪運転所に赴き、小倉科長の制止に従わず、概算で車発機の締切り等を行い、当直に乗務員仕業票と仕業報告書を提出して退出した。

大辻科長及び浦辺運転科長は、原告の後を追い、大会議室に来るよう指示して、同室で原告から事情聴取を行ったが、原告は、自己の行為の正当性を主張するのみで退出した。両科長の報告を受けた大塚所長は、同日一七時二五分ころから、約二五分にわたり、会議室において、大辻科長を立会させ、自ら事情聴取を行おうとしたが、原告が、「処分するんだったら、したらいいじゃないですか」等と反抗的な態度に終始したため、原告の翌日の乗務を日勤に変更し、状況報告書を作成するよう指示した。

同月一一日、原告は、午前中に状況報告書を、午後に事由書(被告が、従業員の取扱い誤り等の際に、当該従業員に、反省点や再発防止について記載させているもの)を作成したが、右状況報告書には、車発機等の持ち帰りについては、藤林助役が、「もういいから、向こうで締め切ってもいい」と発言したからである旨記載され、また、右事由書には「間違った行動をしたとは思っていない」等が記載されていた。

翌一二日、大塚所長は、原告の乗務を停止して日勤を命じ、井上昌治科長に立会させ、自ら、状況報告書及び事由書について原告から説明を求めたが、原告は、上長の指示に問題があることや藤林助役が持ち帰りを許可したことなどを述べて自己の行為の正当性を主張し反省の態度を示すことはなかった。

このような原告の対応から、大塚所長は、原告に運転士としての再教育を施す必要があると判断し、その旨、大辻科長らに命じた。

(四) 大辻科長は、大塚所長の指示を受け、ほか三名の科長とともに、休日明けの同月一五日から一八日にかけての四日間にわたるカリキュラムを作成したが、その概要は、一五日が「列車乗務員の作業標準(熟読)」と講義、一六日が「兼掌業務の重要性について」と講義、一七日が「動力車乗務員作業標準(熟読)」と講義、一八日午前中が「就業規則とはどういうものかを理解」と講義、そして同日午後が「教育成果のまとめ(レポート作成)」というものであった。

そして、右カリキュラムに則って、原告に対する再教育が実施されたが、大塚所長は、原告が自己の誤りを認識し、反省の態度を示して教育の成果が確認できればいつでも打ち切るという方針で臨んでいたことから、事前に教育計画全体を原告に説明することは行わなかったし、再教育の実状も、一日毎に、翌日の日勤を指示し、当日冒頭にその日の予定を数分程度指示説明するほかは資料等を渡してほぼ終日自習させるというものであり、この間、所長ほかの管理者が、時折、東京運転所で車発機持ち帰りの事情の再確認を行ったり、心境の変化や反省の有無を確認したりするというものであった。

また、原告に対する再教育には大阪運転所出入口付近にあるQC室(クオリティコントロール室の略、被告において実施している従業員の小集団活動に使用される会議室)が使用された。本件減速闘争開始後、大阪運転所では不審者等の出入りに備え、出入口二箇所に助役等数名を警戒員として配備していた。このため、同室に出入りしようとする従業員は警戒に当たる助役らの目に触れることになり、教育期間中、JR東海労組合員が原告に差し入れしようとするなどし、警戒助役から教育の妨げになるとして、入室を阻止されたことが数回あるが、休憩時間等は、原告は同室からの出入りを自由に許されていた。

原告は、同月一六日朝、所長らから心境の変化を聞かれたときから、大西助役に「持ち帰っていいそうだから、大事に持ち帰ってや」6といわれた旨主張するようになった。

原告は、大塚所長らから、重ねて心境の変化等を尋ねられることに対し、「オウムでも置いとこか」と答えたり、黒板に「正」の字を記載したりして反抗的な態度を採り、最終的にも心境に変化はない旨記載したレポートを作成したため、大塚所長は、更に再教育を継続する必要があると判断し、原告に対し同月二〇日から二三日まで(同月一九日は原告の公休日)右カリキュラムと同一内容の再教育を実施した。

しかるに、原告は、同月二三日、大塚所長との面談で、東京運転所助役の指示に従わなかったことについては反省し謝罪するが、全体の行動としては心境は変わらないとして自己の正当性を主張し、さらに同月二六日(二四日、二五日は休日)にも、三度にわたる大塚所長からの最終の意思確認が行われたが、原告は、右同旨を述べて、自己の行為の正当性の主張を翻すことはなかった。

以上の経過から、被告では、原告の処分及び配置転換をやむなしとして、本社賞罰委員会の意見を聴取するなどしたうえ、同月二七日、原告に対し、本件減給処分及び本件配転命令を通告した。

なお、本件配転命令の発令日は、同年八月三日であり、それまでの間の原告の職名は、運転士であったが、被告は右の間も原告の乗務を停止して日勤とし、配転後の検修業務に備えて、関係する社内規定等の自習をさせた。

(五) 原告の平成四年の車掌業務における収入金過不足の過誤は一〇件に及ぶが、このような過誤について被告から格別の注意や処分がなされたことはないし、原告の運転業務についても、これまで過誤等を理由に被告からの注意等がなされたことはなかった。

2  前記争いのない事実及び右認定事実によって判断する。

(一) 車発機等の持ち帰りについて

第一に、原告は受領拒否に伴う点呼とその際の作業指示自体が、違法な争議対抗手段であり、作業標準にも規定のないものであって、そのような業務命令自体が違法不当であると主張するが、労働者の争議行為に対抗して使用者が採りうる措置はロックアウトに限られると限定的に解さなければならない理由はなく、被告の採った受領拒否なる対抗手段が、明らかに違法であるとはいえないし、そうである以上、乗務の受領拒否という非日常的な事態に臨んで、現場を混乱させないようにするため、被告が個々の仕業に応じた業務命令を発することは必要な措置というべきである。また、作業標準には受領拒否に伴う点呼なるものは規定がなく、したがって、その際の運転士の作業内容は作業標準上は定められていないが、そのためにこそ、被告は点呼という確認手段をとって、個々の業務命令を伝達していたのであり、作業標準上規定がないからといって、その性格が曖昧であるとか、さらには個々の業務命令が違法になるというものではないというべきである。

また、原告は、車発機等の持ち帰りが、当時JR東海労の展開していた争議行為の一環であるとも主張するが、JR東海労から被告に通告された争議行為の内容は本件減速闘争を行うことに過ぎず、抗議行動等が争議行為として通告されていたと認めるに足る証拠はないし、前記認定のとおり、JR東海労としては作業標準にない受領拒否に伴う点呼等の不当性を個々の点呼時に訴えるとの方針を出してはいたが、それ以上の具体的な指示は出しておらず、業務命令に反してまで車発機等を持ち帰った例は他に存しないことからみても、原告の本件車発機等の持ち帰りは、結局原告自身が、自らの個人的な判断に従って行ったものというほかない。

原告に対しては、かねて福田助役から二五六仕業の「のぞみ」一九Aの乗務が受領拒否になることが伝達され、東京運転所での点呼においては二階堂助役から、右受領拒否と車発機の締切り等が明確に指示されており、指示内容は何ら疑義を容れるようなものではなかったのであるから、原告としては、右指示に従う義務があったものと認められる。

よって、業務命令自体が違法である旨いう原告の右主張は採用できない。

第二に、原告は、藤林助役や大西助役の発言によって二階堂助役の業務命令は撤回されており、そうでないとしても、原告は過失なくそのように認識した旨主張する。これに関しては、原告が二階堂助役の前を退去した後の、一階談話室での大西助役や藤林助役とのやりとりの際の文言や関係者の位置関係等の細部について、原告が本人尋問等で述べるところと、大西助役らが本件に先立つ仮処分申請事件の審理で証言したりしたところ等とでは齟齬があり、原告はその本人尋問や右仮処分申立事件の審理等において、概ね、藤林助役が談話室内で原告に対する説得を行っている大西助役の直近に来て「ここで締め切らなくてもよいそうです。」と発言し、これを受けて車発機等を持ち帰ろうとする原告に、大西助役も「気を付けて大事に持って帰ってくれよ。」との発言をしたなどと述べているのであるが、右供述部分は採用することができない。原告は、もともと、東京運転所で車発機等を返納するようにとの指示を受けていながら、これらを持参することなく東京運転所当直室に赴き、点呼に際して車発機等の返納の指示を拒否し、大西助役の説得に対しても頑なに応じようとはしなかったのであって、このような原告の態度から、初澤所長は、やむなく、東京運転所での締切りを断念せざるを得なかったのであり、この間に被告が従前の指示を撤回しなければならないような事態は何ら生じていない。藤林助役は、そのような初澤所長の指示を伝達したに過ぎないのであって、被告が業務命令を撤回するものでないことは、全体的な事態の推移からして明らかであり、原告においても、これを容易に推察できたものというべきである。原告が、大西助役からも持ち帰りを認められたと弁解するようになったのが相当期間が経過してからであることをも考慮すれば、原告は、右業務命令が撤回され、車発機等の持ち帰りが容認されたものではないということを十分理解していたものと認められる。

以上によれば、業務命令違反がない旨いう原告の右主張もまた採用できない。

(二) 本件配転命令の業務上の必要性について

右のとおり、原告の車発機等の持ち帰りは、上司の業務命令に違反したものというべきであるし、その後、被告が原告に実施した教育期間における原告の対応は前記認定のとおり、終始、自己の行為の正当性を主張し続け、最終的には業務命令違反について反省する旨の発言はあったものの、全体としては自らの非を認め、改めるという態度でなかったことが認められる。

しかしながら、本件当時、JR東海労は、本件減速闘争を展開している最中であり、被告に受領拒否という対抗手段を採られることによって、本件減速闘争の争議行為としての効果を大きく減殺されることになるため、その違法、不当を主張し、これに極力抵抗しようとしていたのであって、労使間の対立は厳しいものがあった。

原告が、受領拒否に伴う点呼に当たって、二階堂助役の指示に従うことなく車発機等を持ち帰った行為を、このような背景事情と切り離し、単なる日常的な業務遂行過程のなかで生じた業務命令違反と同視して、これから原告の運転士としての適性を問題とすることは相当でないというべきである。原告としては、JR東海労の組合員として、組合の方針に従った抗議行動として、二階堂助役の点呼に対し、種々質問を行うなどしたものであり、原告の認識では、作業標準等にない受領拒否に伴う点呼やそれに基づく業務命令は不当と理解していたからこそ、右のような抗議行動の延長において、業務命令に違反してまで車発機等の持ち帰りを行ったものである。

また、被告が行った再教育についても、その教育内容は従前からの指導教育等として実施してきた就業規則や作業標準等の全般的な復習であり、自習中心のものであって、しかも、当初から、原告が自己の非を認めて反省の態度を示せば打ち切るとの方針で実施されていたというのであるから、原告の業務命令違反の原因が就業規則等の知識不足や認識不足にあるとみて、これを補うという具体的必要から行われたのではなく、結局その目的は、被告側からみた非違行為の反省を迫るものであったというほかない。

したがって、そのような教育課(ママ)程において、原告が被告と対立する組合員としての立場から、これに反発し、容易に被告の期待するような反省の態度を示さなかったのもやむを得ないところであり、しかも、原告は、少なくとも、最終的には業務命令違反の点は反省すると述べており、当時の労使対立の状況下において、それ以上に、被告の期待する反省を要求することは、変節を強いることにもなりかねないのであって、右のような原告の対応をもって、運転士としての適性の問題とすることもまた、相当とは言い難い。

むしろ、このような労使間の対立状況を度外視してみたとき、原告にはこれまで運転士業務においても、車掌業務においても、その適性を疑われるような格別の非違行為はなかったのであるから、原告にこのまま運転士を継続させたとしても、原告が業務命令違反や現金管理の厳正に支障をきたすなどの職場秩序違反を再発させると予想することは困難というべきであり、他方、本件配転命令が、原告の資質適性等に照らし配転先がその職場としてより適切であるとの判断からなされているものではないことなどの諸事情に照らせば、配転命令権について使用者に広い裁量が認められることを考慮しても、本件配転命令に業務上の必要性があったとは認め難い。

したがって、本件配転命令は無効というほかなく、この点についての原告の請求は理由がある。

二  争点2(本件減給処分の有効性)について

労使対立の状況という背景を考慮するとしても、二階堂助役の発した車発機締切り等の業務命令が違法とはいえないこと、その後これが撤回されることはなかったし、原告自身もそのことは熟知していたと認められることは前記説示のとおりであって、原告には、二階堂助役の業務命令に従って東京運転所当直で、車発機の締切りを行い、車発機及び現金を返納する義務があったと認められる。

しかるに、原告は、自己の勝手な判断で右業務命令に従うことなく、私服で車発機等を持ち帰ったのであり、原告のこの行為は被告が主張する前記社内各規程に違反するものというほかない。

そして、労使対立という背景や現金持ち帰りに際して原告が細心の注意を払っていたこと、大阪運転初(ママ)所到着後速やかに返納していると認められることなどの原告に有利な事情を考慮しても、量定は相当性を逸脱するものではないというべきであり、本件減給処分を懲戒権の濫用とする事由は認められない。

よって、本件減給処分が違法無効であるとは認められず、この点の原告の請求は理由がない。

三  争点3(被告による不法行為)について

1  先ず、本件減給処分が違法無効であるとの原告の主張は理由がなく、したがって、これを理由とする賃金減額分の請求及び不法行為に基づく損害賠償の請求は理由がない。

2  次に、大塚所長らの再教育が、原告の思想信条の自由を侵害する不法行為に該当するとの主張について判断する。

前記認定のとおり、右再教育は、QC室で行われたが、休憩時間の出入りは許されていたし、同室前の警戒員の配備も原告の出入室を阻止するためのものとは認められない。そして、被告が、業務として原告に再教育を受けさせている以上、その間、原告は、指定された場所で、指定された課題を履修すべきことは当然であり、部外者との接触が教育の妨げになることも明らかであるから、原告が、勤務時間中の室外への出入りや部外者との接触を制限されたとしても、何ら違法とは考えられず、被告が原告を軟禁したとの主張は採用できない。

ところで、前記説示のとおり、右のような再教育の目的は、原告の具体的な知識不足等を補うことにあったとみるよりは、むしろ、原告の反省を促すことに向けられていたと認められ、その際、被告の要求する反省が、業務命令違反の非を認識させることを超えて、被告と対立するJR東海労の争議方針やこれに基づいて採った原告の言動の全てを否定することまで認めさせる(ママ)ようとするものであったとすれば、確かに、原告が主張するように思想、信条を侵害することになりかねず、不法行為に該当する余地がないとはいえない。

しかしながら、前記のとおり、原告には業務命令違反行為が認められ、原告は再教育期間を通じてその正当性を主張し続けていたのであるから、被告としては、処分を行うとしても、それに先立ち、先ず原告にその点の非を認識させ、これについて反省を求めることは必要な措置であるから、被告が原告に再教育を行ったこと自体は使用者としての権限の範囲を逸脱するものとはいえない。

そして、実施した教育内容は、就業規則の再確認等であり、そのこともまた何ら違法と目すべきものではない。

また、前記認定のとおり、本件配転命令通知日から発令日までの間においても、原告は乗務を停止され、自習等を強いられているが、この間の教育は、配転後の検修業務に備えたものであった。

原告は、右教育期間中、大塚所長らから重ねて心境の変化を問われるなどしているが、これに対しては、原告も相当反抗的な態度で応酬したりしているのであって、大塚所長らが、原告に反省以上のものを強要し、被告の主張に屈服することまで強いたと認めるに足る証拠はない。

以上によれば、大塚所長らの行為が、原告の思想、信条の自由を侵害する不法行為に該当するとは認められないので、これを理由とする損害賠償の請求は理由がない。

3  最後に、本件配転命令の違法を理由とする不法行為の主張について判断する。

前記説示のとおり、本件配転命令には、業務上の必要性が認められず、違法である。原告は、右違法な命令により、発令日である平成五年八月三日から復職を仮に命じられた平成七年二月一日までの約一八か月間運転士不適格者と落(ママ)印されて乗務を許されなかったのであり、精神的苦痛を受けたことが認められる。

よって、被告の本件配転命令は、原告に対する不法行為に該当するというべきである。

なお、証拠(〈証拠略〉)によると、原告の配転前(平成五年四月から八月)の交通費を除く賃金総支給額の月平均額は約三六万八〇〇〇円であり、配転後(平成五年九月から平成六年三月)のそれは約三三万八〇〇〇円であって、賃金においても約三万円程度の減収となったことが認められる。

原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、右の減収をも考慮に入れると、七〇万円と認めるのが相当である。

弁護費用は三〇万円を相当と認める。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 和田健)

《別紙》 処分目録

平均賃金の1/2減給する。

(事由)

平成五年七月一〇日、東京運転所における点呼の際、再三にわたる管理者の指示に従わず、収入金の締切り及び車発機の返納をしなかったこと、及び収入金を指示に反して納入せず、独断で大阪運転所へ持ち帰ったことは、社員として著しく不都合な行為である。

よって就業規則第一四〇条及び同第一四一条により減給する。

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